アクアリウムのある生活

病気を患ってから10年になろうとしている。
相変わらず日々の些細なことに傷つき、不安に思い、落ち込み、なんとなく日々を生きている。
大学で嘱託職員として働いているが、正直いって業務内容はとても単調である。受付カウンターで学生の質疑応答を行うといったものだ。
とりわけ急いですることがない。プリンタが紙詰まりを起こすなどトラブル対応もあるが、基本的に待ちの状態が続く。よほど暇に耐えうる人か、自分のような無気力者しか続かないように思う。実際、何人も暇すぎる環境に耐えかねて1、2年足らずで退職していった。
文字を書く気力もなかったのだが、なんとか文字を綴っている。
単調な日々で、特にノルマもない。なのになぜ仕事に行きたくないと思うのだろう。
人間関係にも問題はない。難しい判断を迫られることもない。ただ居る事、それが大事な仕事。座っているだけだが、それでもおそらく体力を消耗しているのだと思う。帰宅したら疲れているし、朝はギリギリまで寝ていたい。でも、暇なときに何をすればいいのかもわからないままだし、することがなくて何度もソシャゲやツイッターの巡回をしたりするだけ。そんな日々に意味を見出せないのかもしれない。何もしたくない。
TVはうるさくてほとんどつけない。録り貯めているアニメもあるが観る気になれない。買いだめしている電子書籍も手をつけずに積んでしまっている。ただ、横になるだけ。何もしたくないのに、何もしない時間が苦しくてはやく寝てしまう。朝早くに目覚める。だけど何もする気力がわかなくて、ギリギリまで何度も寝ている。
あと2年で満期になってしまう。身の振り方を考えなければと思うと気が重い。プログラミングの講師をちゃんとやりはじめるべき時期なんだろうけど、いまはそれどころじゃない。いまを生きるのが精一杯。いつまで虚無感が続くのだろうかと検索しても答えは出ない。ため息ばかり出て、頭が回らない。いつしかこうした状態が普通になって、健康だったころの自分をもう思い出せない。もしかしたら自分の病気は治っていて、単純に気分が上がらないだけではないか。そう思うこともあるけれど、やはりこの何に対してもやる気がおきないいまの自分は異常だと感じている。

 

勤務中はネットの海をさまよって、Amazonの閲覧や熱帯魚の通販をしたり、少しでも週末が楽しみになるようにしている。
週末は新しい水槽のセットアップができた。小さな熱帯魚とエビを数匹、そして新しい水草を4Lの極小水槽に。二酸化炭素もしっかり配管して、お店のディスプレイのようなきれいな白砂を敷いた。自分の世話すらままならない、ごちゃごちゃした部屋の一角に、オアシスが現れた。
ペットの世話をする余裕なんてないのに、どうして水替えが苦痛でも飼ってしまうのか不思議でしかたない。
アクアリウムは手間も金もかかる趣味だ。60cm水槽などのスタンダードなものから始めようとしても1万円以上は初期費用がかかる。日々のメンテナンスに電気代もかかる。だんだん魚が増えたり、魚がでかくなったりするとまたお金がかかる。魚も寿命がある。1匹あたりの単価も高い。水草だって枯れることもしょっちゅうである。
ハマっているのは通常では難しすぎてありえないという極小水槽。W18xH21xD15という4Lの水槽なんて難しすぎてまず誰も手を出さない。ベタという闘魚の1匹飼いか、病気の時の薬浴水槽くらいだろう。
水質の維持が非常にシビアで、植える水草の種類も限られてくる。もちろん生体を多く入れることができず、2cm程度の小型魚を数匹入れる程度しかできない。
しかしミニマムサイズなので初期費用はとても少ない。だから、失敗してもダメージは小さい。
普段何もやる気が起きない自分でも、新しい水槽をセットアップができたことは上々の行動だ。水を入れて、水草を植えて、魚を入れた。あとは時間の経過にそって適切な対応をすればいい。心なしか白砂の明るい水槽を眺めると、理想郷ができたような安心感を得られる。果たしてこの水槽は維持できるだろうか?長年の経験が問われる。
経験からいうと、白い砂はやがてコケにまみれて茶色になり、管理の行き届かない水草が伸び放題になり、やがて見るに堪えない状況になって、やっぱりダメだったかと思うようになるのだろう。それでもいまできたばかりの美しい光景は、病みつきになる中毒性を持つ。
人間は飽きる生き物だ。アクアリウムだって一過性のマイブームだとわかっている。だけど自分だけの世界というものを持つことで、少しでも責任をもって、生きる意味を見出そうとしているのかもしれない。

 

書いていてふと思ったのだが、アクアリウムって何が楽しいのだろうか。気になってアクアリウムの楽しさについて検索したりもしたが、癒しだとか、生態系だとか、ふわっとした内容しかでてこない。
自分なりに考えてみたのだけど、最初はネオンテトラすげー!ってなって小型魚なら何でもいいと思っていた。なんちゃらテトラと名がつくものならなんでも混泳させて楽しんでいた。色とりどりでカラフル、そしてにぎやかな飼育環境。それもまた楽しみのひとつだ。
水草も質より量という感じで有茎種をガンガン植えまくって森のようにしていた。いまでは、いかに過酷な環境で高価な生体をうまく飼うか、というチキンレースのような楽しみ方をしている。
水草もあまり手を加える必要のないもので、かつ珍しいものを使用するようになっている。もちろん美観も考慮している。
それでもいつかは大型水槽で大きい魚を飼ってみたいとも思っているし、まだまだ知らない環境がたくさんある。アクアリウムは初心者からベテランまで楽しめるというのはこういうことなのかもしれない。
環境や飼育者のレベルによってさまざまな側面を見せる、その多様な表情を知ることが楽しいのだろう。鑑賞と観察。すなわち生き物が好きということなんだろうな。

 

家に帰ると人の気配を察知した魚たちが水面に集まってくる。もう少しだけ待っててくれよな。