8年間、隠し続けていてごめんなさい

おれは鬱病を8年患っています。現在も治療中の身です。

会社員時代にひどい案件に当たって、それが原因でしたが、
現在も波があって完治できません。むしろ症状が一向に軽くならないです。

普段接している方や、ツイッターでお知り合いになった方からすると、え!?そうなんですか? と驚く人も多いかと思います。
近しい親友にさえも言っていません。親に打ち明けるまでも3年かかりました。
たぶん、誰かにはっきりと伝えるのはこの文章がはじめてです。
人に会うときは元気の仮面を被って接しているのです。騙していてごめんなさい。

いまも勤め先には隠してなんとかフルタイム勤務をしていますが
正直仕事は大した事はしていないのに、エネルギーをすべて消費してしまいます。
あんなに大好きだったモノを作るというエネルギーを捻出できません。
趣味も手につけられていません。休日になれば疲れて寝ているだけ。今日もとても天気が良くて、どこかに出かけたいけれど、その元気がない。
本も読むことができません。ソシャゲ周回みたいに頭を使わずに済む単調作業が限界。勤務中は元気な自分を演じているから疲れるのかもしれません。

いつしか自律神経がおかしくなったのか、気圧の変動で具合が悪くなりがちです。
ちょっと日常の変化を加えることで、何か改善ができるかもしれませんが、それができていれば8年も苦しんでいないと思ってほしい。
筋トレすれば~みたいなものも、昔は通えていましたがいまは無理です。苦肉の策で買ったエアロバイクをなんとか細々と続けられている程度。
筋トレすれば何でも解決っていうのはド正論なんですけど、それで解決してたら世の中の鬱病の人はもっと少ないはずです。

昨日は久しぶりに友人と飯を食べに行きましたが、彼はとてもエネルギーに満ち溢れた人で、言っていることは賛同できるし、理想も生き方もすばらしいものでしたが、それに比べて今の自分は、目の前の問題を処理するだけ、いまを生きることでいっぱいで、とても将来どうしたいというところまで考えることもできませんでした。
彼のエネルギッシュな生き方にあこがれますが、対比した自分の立場をみると、もうなんでこんなことになってしまったのか、どれだけ社会的価値がないのか、そういうことを感じてしまってとてもみじめで苦しくなりました。

自分はもう欠陥商品なのだなと思います。
かなり深刻な病状で、障碍者手帳も持っています。障害年金も受け取っています。支給されるお金だけが生きようと思わせてくれる唯一の綱です。
いちおう自営業でPCレスキューの副業もありますが、月に数度の出動があればいいほうです。時代の流れに乗って、プログラミング学習の家庭教師をはじめれば、収入は増えますが、いまはそう簡単に、じゃあやろうという状態ではありません。

いまでも昔の会社の頃を思い出します。いつまでも嫌な体験が頭から離れません。
そういう嫌な思い出をカウンセリングなどで消そうともがいでいますが、どうしても脳裏に焼き付いた記憶を消すことは難しい。
新しいことを始めたくても、恐怖のほうがさきにやってくる。
というか、本当にそれどころじゃない。いまの勤め先でなんとかやっていくのが大事。それもあと2年半で満期になってしまうのですが。

結婚するような相手もいません。結婚願望は強くありますが、性欲がゼロです。自慰行為なんて年単位でありません。洒落にならない童貞で申し訳なさすらある。
長く友達として付き合った女性がいましたが、付き合いませんかと聞いた1年後になってやっと返事をもらったと思ったら、やっぱ無理ですだって。すべてをさらけ出してこの答えだと、もう何も信じられなくなりました。

親はもう帰ってくればいいのにと言ってくれます。
幸いにも裕福な家庭なのでお金がないと言えば支援してもくれます。友達のつながりがあったから、東京にいるのだと思い聞かせてきましたが、最近ではそのつながりも希薄になり、本当に東京にいる意味はあるのか考えもします。
信頼できると思い込んでいた友達に意を決して恋愛相談をしたら、それを周囲に言いふらされて笑いものにされたこともとてもつらかった。それ以来、友達には何も相談できなくなりました。

障碍者雇用というものがあります。それに賭けるには確かに東京は重要な場所です。
ただ精神障害の給与は最低です。自給1000円のレベルです。
以前障碍者雇用で内定をもらった超大企業もありましたが、オープンポジション採用だったにもかかわらす、部署がなかったと流れてしまいました。就職活動をするのにも疲れました。とりあえず今の仕事を満期までやるしかない。

ただ、死にたいという希死概念はあまりありません。
なぜ生きているのか、という自問自答ばかりしています。
あんなに好きだったことが全然できなくなり、何も守るものもなく、クリエイションという活動も何もできていない。いらだち。

ちょっとこの人は鬱の傾向があるなという人の気持ちはよくわかるようになりました。
無理はしなくていい。できる範囲でやればいいのだと、そのような気持ちのゆとりはできました。そうした励ましの言葉や、気にかけてくれる一言が救いになるかもしれないなと思い心がけています。
でも、なぜだかそれを自分に言い聞かせてもまったく効果がない。人並みに何かできれば十分。そう思ってはいても、理想が高すぎるのか、あの元気だったころに戻りたいと思っても、それはすぐにはかなわない。

とても弱い存在になってしまってから気づく、普通であることの幸せ。普通の生活がしたいだけなのに、それすらなかなか難しい。
ずっと8年間隠していたことを書いたら、ちょっとだけ。ちょっとだけだけど。気持ちは楽になれたような気がします。ずっと本当は言いたかった。

読んでくれて、ありがとう。