ある男の物語

私が育ったのは、生粋の伝統を守る鍛冶屋だった。

昔ながらの方法で、信頼性の高い剣や鎧、盾などを作っていた。
 
父親は先祖代々からの剣鍛冶で有名で、よく遠方からも客がたずねてきたことを覚えている。

私は鍛冶屋としての修練をとにかく叩き込まれた。
 
学校に行く暇があったら武器を叩けと、そういわれるほどだった。
 
私はそれは生まれ持った運命だ、仕方のないことなのだと言い聞かせて、その若き日をすごした。
 
ただ、ひたすら剣を打つのは楽しかった。
 
ただの鋼の棒だったものが、平たい延べ板になっていく様子は面白い。
 
おかげで体力、筋力は相当なものになった。
 
私は剣を作るために生まれてきたのだ。
 
それになんの疑問も持たなかった。何本も剣を作った。
 
だが、どれも親父のものにはかなわなかった。
 
質感、硬さ、切れ味。どれをとっても、追いつけなかった。
 
私はよくしかられた。
 
いつか追いつきたい、どうしたら追い越せるかばかり、考えていた。
 
 
あるとき、一人の男が親父の作った剣を買った。いちばん値段の高い代物だ。
 
「儀礼にも使えるこの立派な剣で、何を斬るのですか」
 
「闇を斬り裂いて、夜明けをもたらすのさ」
 
言っている意味が分からなかった。
職業を聞くと、”デイブレイカー”だと男は言った。
 
はじめて聞く職業だった。
 
そもそも私は鍛冶屋以外の職業のことなど殆ど考えたことがなかった。
 
私はデイブレイカーの仕事について聞いた。
 
モンスターにの脅威にさらされる人々の、恐怖に夜明けをもたらす。
 
戦争で陥った国の闇を切り開き、その国に夜明けをもたらす。
 
そんなようなことを、その男は言ったように覚えている。
 
とにかくいわゆる何でも屋だ、と締めくくっていたが。
 
「人を斬るのですか」
 
「もちろん」
 
「人を殺すために、傷つけるためにこの剣を使うのですか」
 
「当たり前だ。飾ってとっておくモノではない」
 
ふと剣を作る意味を考えた。自分の作った磨き上げた剣はとても美しい。
 
そう思って一心不乱に作ってきたのだが、これは紛れもない武器なのである。
 
決して美術品ではない。主に、モンスターや人を斬るものなのだ。
中には、儀礼用に造られるものもあるが、それも斬ることはできる。
私は父に聞いた。
 
「剣がなければ、戦は起きないのではないのですか」
 
「戦が起こるから、剣が必要なのだ。それに戦では剣以外でも行われるだろう」
 
それは鶏とたまごのどちらが先かを問うようなものだった。
 
必要だから、打つ。求められているから、叩く。
 
私の中には、悶々としたものが残った。
 
「剣が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ」
 
だが、親父の言葉は妙に引っかかった。
 
確かに、その気になれば拳でだって殺せる。
 
私の作っているものは、人を殺すためにだけあるのだろうか。
 
私は、間接的に人を傷つけるために武器を作り続けてきたのか。
 
至極当たり前のことだったが、いままで疑問にも思わなかった。当然過ぎたからだ。
 
だがそのときになってはじめて、そう思い直したのだった。
 
私は自分の作った剣が使われるのを見たことがなかった。
 
自分の作ったものが、人を傷つける瞬間を。
 
それから、武器を作るということが怖くなりはじめた。
 
 
ある日、親父の作った剣を手にしたデイブレイカーに同行させてもらった。
 
遠出などほぼ初めてであるのに、早速戦場へと赴くことになるとは思ってもいなかった。
 
そこはあまりにも凄惨な有様だった。
 
あたり一面、血の海。人形のようにだらりとのびて動かない死体の山。
 
彼らが握っていたであろう剣には、血糊がこびりついている。
 
美しさのかけらもない。だが、剣の溝を伝う血は輝いていた。
 
そこにあるのは、ただ使い古された凶器だった。
 
私は自分のやってきたことが急に恐ろしくなった。
 
試し切りでわら人形などを斬ることはあったが、そのときはただ、その切れ味に心酔していた。
 
私は剣自体を”作る”ことが好きなのだった。
 
剣が使われる場面を想像して作っていなかったのだ。
 
だから、親父の作るものに追いつけないのだ。
 
それ以来、私は剣を作れなくなった。作る気を失ってしまった。
 
 
親父は当然怒った。家庭用刃物の鍛冶師などに転身することも許さなかった。
 
家庭用の刃物程度を作れる職人など、うちの工房にいくらでも居る。
 
ここでは、戦いに耐えうるものを作らねばならないのだ。
 
私が作ったものは幸い、戦いに使えるレベルではあったらしい。
 
これまでの技術と経験、才能を無駄にするなと、さんざん叱られた。
 
だが私も、心の底から剣のことが嫌いになったわけではなかった。
 
私は迷った。これからどうしていくのか。どうすればいいのか。
 
他の生き方をまったく知らなかった。外の世界をまったく知らなかった。
 
 
剣のことをもっと知ろうと思った。どのように使われ、何のために使われるのか。
 
それを知って初めて、父を超えるものが作れるような気がした。
 
そしてある日、以前工房を訪れた男、いやデイブレイカーが、刃を交換にやってきた。
 
私は、一緒に連れて行ってほしいと頼んだ。
 
当然ながら、断られた。
 
だが、鍛冶屋に戻らない覚悟でいるのなら、考えてもよいといわれた。
 
いつかは鍛冶屋に戻るつもりだったが、嘘をついて、頼み込んだ。
 
「私もデイブレイカーとなって、夜明けをもたらしたいのです」
 
結果だけ言うと、私の望みは叶い、同行することになった。
 
しかし、当分は付き人という扱いだ。
 
そして、父には勘当された。当然の報いだ。
 
なぜそこまでしてこの道を選ぶことに決めたのか、それはまた別の話。
 
私は、デイブレイカーとして新しい人生を歩み始めた。
 
 
男はとても強かった。モンスター退治から臨時の傭兵まで、なんでもこなした。
 
私は鍛冶屋の経験を活かして、男の剣を常に最良の状態にした。
 
私の技術はとても喜ばれ、男はより力を発揮できた。
 
 
 
そして数年、いや十年以上だろうか。男とともに時間をすごした。
 
剣術、騎士・戦士の心得、礼儀作法を学んだ。
 
無駄なことは一切教わらなかった。
 
数々の人が抱える問題に携わった。
 
私たちの力ではどうしようもないこともあった。
 
だが、ほとんどの人は夜明けを見たようだ。
 
私たちは、それを生きがいにしてがんばることができた。
 
そんな強かった男も、やがて死を迎えた。
 
寒い冬の合戦だった。弓兵の矢の嵐に撃たれて死んだ。
 
男の最期を呼んだのは、剣ではなく、弓だった。
 
あまりにもあっけなさすぎて、実感がなかった。
 
剣豪といわれるものでも、死ぬときは儚かった。
 
 
剣について学んだことはたくさんあった。
 
父の言ったとおり、剣が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ。
 
剣はそのための道具であり、それは剣でなくてもよかった。
 
男の使っていた剣を手に取り、デイブレイカーの跡を継いだ。