懐古主義

自分が「昔はよかった」とよくつぶやく、懐古主義であることを自覚している。

実際に懐古主義というと、あまり一般的にいいイメージはなく、今朝も昔のことばかりを思い出して懐かしんでいたり、センチになったりしていた。

過ぎた昔のことばかり考えても仕方がない、そう思っていた。けれども、今日久しぶりに小旅行をしてわかったのだ。

昔を懐かしむということは、それだけ密度の高い一瞬を過ごしていたのではないだろうかと。その時、その瞬間を一生懸命に大切に生きた証なのではないかと。

昔を懐かしんだ時に思い出す仲間の面々。その回想が多ければ多いほど、親密な関係でありたい人なんだと今でも思う。むしろ、そうあって当然なのだろう。それだけ大切な時間を一緒に過ごしてきた結果なのだから。

思い出せるような、懐かしめるような過去ができるって、実はすばらしいことなんじゃないかって気づいた。そして今日の出来事も、きっと忘れられない一瞬になったし、これから何度も思い出すだろう。今日になってようやく、今という時を一生懸命生きたことを、実感したんだ。そして、この一生懸命に過ごした楽しい時間は、もっと周りの大切な人にも知ってほしい。これからも共に懐かしみあえる時間を共有したい。こう考えるのって、おれだけなのかな。でもそんなのどうでもいい。自分は少なくともそう思った。それで十分だ。


「懐古主義」への1件のフィードバック

  1. 「今まで過ごしてきた何十年という時間」と「今この瞬間」を比べて昔は良かったというのは当然なのです。何しろ含まれる経験の量が全然違うんだから。何も特別なことじゃないですよ!そして懐かしむという行為は、かつての自分と今の自分が同一であると確認する行為でもあるのです。自己を認識し自我を維持するために必要な行為。意識しないだけできっとみんなやってますよ!みんな同じです。

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